「自分らしく・・・」 |
看護学校時代の愛読書といえば、病理学のテキストと漫画「ケイリン野郎」だった。暇さえあれば、病理学の本を見て。といっても、「勉強」ではなく興味のまま見ていたのだ。それに引き換え漫画「ケイリン野郎」に入れ込む力は、凄まじかった。 簡単に内容はこんな感じである。男気の強いぶっきら棒な男が女に振られ、また結婚直前で男に逃げられた女がひょんなことから、知り合ってすぐ恋愛の二文字も出来上がるまもなく、弾みで結婚してしまう。口下手で亭主関白な夫にふりまわさえれながらも、けなげに時には強く、夫を支えていく。このぶっきら棒な男が競輪選手なのだ。この男が表面はガサツで乱暴だが、とっても妻を愛していて俺が守っていく!!みたいな強さが見え隠れする。まぁ少女コミックであるが、奥が深いと私は悟っていた。 こんな男、世の中にいるのかねぇ。そんなおばさん発想の中にも、ちょっぴり期待している夢みている自分がいた。その当時なんとも偶然にも競輪選手が合宿に、私の住む町にきた。友人と居酒屋で食していると、後ろのほうからお誘いの声が。5〜6人の男の人。笑みを浮かべて好印象。それがなにを隠そう競輪選手の一行だった。私は若かった。漫画が頭の中をぐるぐるまわっている。選手達は2日後、合宿を終えて帰ったが、再会を約束して。 数日経って、友人宅でTVを見ていると、うう映っているではありませんか!一緒に飲んだあの選手が。しかもS級シリーズに。 びっくりしながらも激励の手紙を出した。なんと彼は準優勝してしまったのだ。別に私の手紙のせいではないだろうが・・・。レースの翌日から、付き合うことになってしまった。まさに漫画だわ〜。初めてのデートは愛車フェアレディZのシルバーでお迎え。しかも抱えきれない程の深紅のバラの花束のプレゼント。まるで、お嬢様にでもなった気分。ますます夢の中へひきずりこまれていく。 ・・・と同時に私は自分を見失っていってしまった。月に2〜3回しか会えない状況で、私は目一杯のおしゃれをしていった。デートの前日は美容院へ行き、服を新調する。いっぱいいっぱいの背伸びをして。たまにしか会えないと思うと余計に拍車がかかった。・・・でもいくら外見を繕っても中身が追いつかない。いつしか疲れ果ててしまった。 ある日、レースに勝ったお祝いとして、お世話になった人々への贈り物を買いにつきあった。色々選んだあげく、ようやく決まり約30万円のお買い物になった。キャッシュでボンっと。でもまだ財布の中にはたんまりと、札束がはいっている。いやぁ〜びっくり。一回勝つとレースの大きさにもよるが、数百〜数千万円位キャッシュで貰うらしい。その時100万程度、財布に入っていた。「案外、安く済んだよ」と彼はニコニコ顔。私は場違いな感じと自分の居場所がない感じがしてたまらなかった。 極めつけは、「買い物付き合ってくれたお礼にプレゼントするよ、なにがいい?」私は強張りながら一つのバックを指差した。値札には5万円の文字。学生身分の私にはとても手が出ない金額だった。彼は空かさずバックを手に取り、「こんなに安いのでいいの?じゃ、もう一つ僕が選んであげる」と来たもんだ。さすがに彼とのギャップを感じた私は、とっさに「やっぱり、バックはいいわ。この3色ボールペンで。」と言って断った。何故かほっとした気分だった。今思えば、バンバン買ってもらえば良かったっと、ちょっぴり残念だけど。あの頃はうぶだったというか、そんな免疫がなかったのだ。いつもいっぱいいっぱいだった私のケイリン野郎との恋は、3カ月で幕を閉じた。 風船の栓が取れて、プシューとしぼんでいく様に私もしぼんだ。漫画の憧れ、夢破れて・・・。でも心の何処かで安心している自分もいた。今のダンナとは、全く飾らずに付き合ってきた。「ほんとプレゼントには、金かかんないよ、安上がりだなぁ」っとよく言われてきた。自分が自分でいられるそんな空間があったから、欲しい物はなかった。私らしくが大切。そして、「私」はこの世でたった一人だから。 数年後、ケイリン君に会った。私は飾らず、高らかに笑い冗談も飛ばした。そんな私を見て彼は「随分変わったね。僕と別れたせいかな。」と申し訳なさそうに言った。 これが、本当の私。 |